ようやく休めた。

2015.2.15日々のこと

朝、起床し、喉の調子が芳しくないことに気がつき、予定していた新居探しを辞め、墓参りに行くことにした。道中、「自分は何のために生まれてきたのか」という疑問を持ち、その答えを探しているうちに眠ってしまった。
 
イメージやアイデアが天から降ってきたり、マグマのように湧き出たりすることがなくなっていくように、僕は年を重ねているのかもしれない。十分生き切ったという気持ちは当時から日増しに強くなる。
 
今年も近所の梅は咲き始め、もうすぐ春がやってくる。ネットニュースでは、「イスラム国」か「イスラム●●」か、名称が取り上げられているが、本当に恐ろしいことは、人が人を殺し、それが昔から今日に至るまで当り前に起きていることだ。搾取もそうだし、資本主義の格差も同じように、昔から尾を引き、全て同じこととして繋がっている。
 
墓参りからの帰宅の電車内、約一時間半を、うたた寝をして過ごした。川越市から始まり、武蔵小杉で目が覚めると、乗客の雰囲気や格好が違うことに気がつく。時間は流れ、僕がいてもいなくても日常はこうやって動いていくことに安堵した。
 
日吉に着く頃には、身体がいくばくか軽くなっていた。

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