Archive for 2016.3

足るを知る。

2016.3.26

移住地での町おこしもそうだが、都市建設に関わることと出会うと、その土地に古くから住んでいる人たちは、そんなことしなくても幸せに生きている人もいるのではないだろうか? という疑問が湧く。
 
私たちと異なる文化圏で暮らし、満たされる器の大きさも違えば、足るを知るということではないだろうか。
 
私が、知らない土地を訪れると、その土地の人々と会話をするのは、そういった疑問を一つ一つクリアーにしたいからなのかもしれない。

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待つことで進めた。

2016.3.21

久しぶりに絵が描けた。と言っても筆を走らせたのではなくて、余分な部分を削り取ることができただけなんだけど、写真を撮ったり、デザイン以外のことが進んだのは久しぶりだった。
 
天に嘘はつかないと、頭の中で話していることが多い日だった。藝術の神様とも、もう一人の自分とも、メンターとも言えるけれど、そういう存在に嘘をついたらもう作れなくなるんじゃないかと、普段から肝に銘じていることでもあったけど、今日はよくそのフレーズを言っていた。
 
削りとって感じたのは、負の感情で自分の中が刺々しく賑やかになると、やはり上手くいかないということ。何度目の答えかとも思うが、手が動くまで何日も、何ヶ月も置いといてよかった。何となく良いと楽な方向に進まずにいてよかった。

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お店や人との出会い。

2016.3.20

移住のことを調べていて、山梨県が移住したい県1位ということを知り、行ってみた。
 
行く前の下調べで、教育や保健などのサービスが充実しており、県や各市もそれぞれ移住を対象としたホームページを制作していたり、東京に移住サポートの出張所があったりと力を強く入れていることがわかった。しかし、ビジネスの匂いがしてこないのだ。移住者のインタビューを読んでいても、自然のことや子育て支援のことを話していることが多く、他の移住地域と違って、ビジネスを根付かせたり、展開していっている様子がなかなか見て取れないまま、現地に行く日になった。
 
今回訪れたのは、甲府市から北杜市にかけてであり、甲府駅前に点在している図書館、県庁舎、市役所は新しさを感じる建物であり、中も使い勝手が良さそうで、特にユーザーがコミュニケーションを取るために集まりやすいように作られていた。
 
しかし、清里の方まで行くと、オフシーズンのためシャッターを閉めているお店や美術館、建物が多く、観光産業に頼っている印象が強かった。そして、唯一見つけたカフェに入ったら、移住のコミュニティで形成してしまった様子で、以前読んだ記事の「移住者のグループと、地元に残っているグループと、Uターンのグループがバラバラに存在している」と問題視していた内容を思い出した。
 
少々暗い気分になっていたのだが、駅を変えて、その後に訪れたビストロでとても幸福な時間を過ごせたのだった。つまり、美味しい昼食にありつけたのだった。しかも、聞けば、この前の金曜日にオープンしたばかりとのことで、偶然にもこちらも移住者だった。「偶然にも」と言ったのは、この町は食事処も洋食も多く、外から見たお店の雰囲気が、センス良く町に合わさっていたから、数年前からこの町の人が始めたのかと思ったからだ。
 
運ばれてくる料理はどれも美味しく、冷えた体を温めてくれる、しっかりとした安心する味だった。連休の中日だったせいか、お客が僕一人だったので、移住についてと、僕らの仕事である、人とお金のしくみについて話しているうちに、あっという間に電車の時刻になってしまった。
 
甲府からも近いので、山梨に来た時には、また訪れたいお店と出会った。

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移住。

2016.3.12

移住に関することを調べていて、移住にまつわる良いことが書かれている記事や、大変さが載っている記事ばかりであったが、「移住の先進地域」ともよばれている場所での、Uターン者の記事に興味が湧いた。
 
どうやらその記事によると、「移住者達」「地元にずっといる人達」「Uターンの人達」がそれぞれグループ化して壁が生まれているらしい。
 
その記事の書き手の言わんとしていることは理解できる。私も、地元の駅周辺が発達し、子どもの頃から随分変わり始めた頃は、違和感を感じていた。しかしだ、便利なものは便利だし、過疎と呼ばれるまで人口が減少してしまうと、その土地に希望を見出せなくなるのは当然の心理であり、経済的発展を望むのなら、人の数はある程度まで増やす必要が出てくる。もしくは、人が少ないからこそ、エッジが立ち、目立つことにより情報が広がり、人を呼ぶことで、お金をその町に落とすことが生まれる。
 
つまり、私は、この記事を否定的に読んでいたのだが、その地域の移住者のカフェを見ていると、いわゆる「田舎に暮らしてきた人」の格好でも、雰囲気でもない人達が集まっていることに気がついた。現代風に言うと、「感度の高い人達」の様子なのだ。
 
その違和感に気がついたとき、私がやりたいこととして「洒落てなくても良いから、自分の望むことを徹底的にこだわりたい」というフレーズが頭に浮かんだ。
 
例えば、他の誰が何と言おうが、自分にとっては100%カッコイイと思えるものを作りたいし、心身はパフォーマンスが高い状態で仕事には望ませたい。肩肘の張る気取った料理よりも、品のある家庭料理を作りたい。自分が関わった人達には、ハッピーな気分になってもらいたい。
 
それらはすべて、スキルもマインドも全部を使った人間そのものによる行いだ。あぁ、こういうことをしたいんだと腑に落ちた時、もっと色んな土地に足を運んで、スキルもマインドも向上させようと思った。多くの人と同じだろうが、たとえ「異邦者」であろうが、誰もが笑える解決策を生み出せるような、そんなスタンスでいたい。

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可処分という言葉。

2016.3.7

今年に入って知った言葉に「可処分所得」と「可処分時間」がある。最近よく読んでいる本田直之さんの著書『脱東京』や『ノマドライフ』に出てくる言葉だ。昔から「24時間のうち有効に使える時間」だとか、「有意義なお金の使い方」という意識を持っていたが、それだと単語として長い。
 
ネットで調べてみると、可処分所得とは、税金や住宅費(家賃)や光熱費を差し引いた自由に使えるお金のことで、可処分時間とは、睡眠や食事、移動時間などを差し引いた自由に使える時間のことだそうだ。
 
なるほど、これは単語として短い。生活のリズムが変化すれば、僕はそのリズムで変化した労力、金銭、時間、感情のコストをメモしているのだが、こうすることで、非可処分時間である移動を、ストレスを減らしながら読書や勉強の時間にあてることができるようになった。
 
こういうことは、浪人の頃から意識してやり、ITやクリエイティブを戦略的に身につけてきたことで、どこでも仕事をするようになったが、仕事として使用する単語は短くしていきたいと思っている。まだまだ、スポンジのように吸収して、絞り出せる頭でいたい。

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一人喫茶。

2016.3.5

喫茶店に入って本を読み、考え事をしていると、あれよあれよという具合に色々な考えが繋がっていく瞬間がある。こういう瞬間は、とても興奮するのだが、そういう時に限って一人でいることが多いので、誰にも話せずに勝手に盛り上がって勝手に盛り下がってしまう。
 
盛り上がっているときは、話せる人がいないかと辺りをキョロキョロし、誰にも話せないことを知ると、口をモゴモゴして遠くを見ている30過ぎのおっさんが一人でいるわけだ。

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