Archive for 2016.2

変化があった嬉しいこと。

2016.2.29

「ホームページを見てます」と言われるのは、直接でも人づてでも嬉しいものです。コンペティションや展示で目立ってた頃は、飛び込み営業のようなメールで宛名だけ変えたら済む内容を送りつけられたりということが多くて、辟易としていたけれど、展示をしなくなってからは、そういった失礼なメールは減ってきている(それでも稀にある)ので、素直に嬉しくなってきています。
 
メールを送るのなら、せめてホームページを見た感想を書いたり、その後に営業をしたいのなら、何か共通項を述べた上でプラスに働く理由で売り込むのが筋ってもんじゃないだろうか、と思っていた。
 
それは反面教師として育ち、知らない人にメールを送るときや会うときには、事前にその人や会社のことを知れる範囲で知識を得てから、接点を持つようになった。昔から興味のあることを調べることは当たり前にやっていたが、特に気をつけるようになったのは、嫌な経験をひたすらしてきたからかもしれない。
 
同様に、単に「見ました」ではなく、見た上でプラスに働くような会話ができたら、なお良しなので、自分が逆の立場だったら、やはりそこも気をつけているようになった。失礼なメールと並んで多かったのが、会ったときに「ホームページたまに見てるよ」っていう言葉だ。その後に何も言葉が続いて来なかったら、「見たから何?」って疑問が生まれるし、「見るだけなら検索エンジンでもやっていることですが」という嫌味の一つも言いたくなるんです。
 
やはり、自分がやられて嫌なことっていうのは、反面教師だとしても成長させてくれるんだなぁと、難しいとつくづく思いました。
 
そして、本当に最近はこういった失礼なメールや言葉がなくなってきていて、「ホームページ見てるよ」と言ってくれる人は、必ず何かしらのプラスに働くような動きや、自分の言葉による質問をぶつけてくれるので、そういう時に「ホームページを続けていてよかった」と思うのです。

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貢献で考えてみる。

2016.2.28

本田直之さんの本、『レバレッジ人脈術』を読んでいて、不特定多数が参加のできる会を主催しないというようなことが出てきたとき、ハッと気付いた。
 
私たちはネットワークを広げようと思うと、ひとまず多くの人を集めて、会が始まったら集まった人同士でつながろうと働きかければ良いとする。しかしだ、それで深い仲になった試しがないことに気がついたのだった。
 
一方で、私は何かを勉強しようと思った場合には、必ず一人で動くようにしている。それは、一人で動いた方が、吸収することに集中できるからだが、誰かと深い仲になることも、これと同じような気がした。
 
不特定多数が参加するパーティよりも、誰かの紹介による食事会の方が、その後、深い仲となりやすい。同様に、単にビジネスで紹介を受ける(する)よりも、ビジネスから離れた会で出会った時に方が、よりクリアーな気持ちのせいか、仲が良くなる。
 
つまり、不特定多数ではお互いの共通点を見つけることでパワーを使ってしまい、ビジネスの場では利益を考える部分が少なからず働いている。これらが「貢献したい」という欲求のパワーを減らしているのではないだろうか?
 
そこで一つ思いついた。今まで私は「仕事は生活」だと言ってきたが、これからは単なる生活の一環として仕事を捉えてみよう。人に道を教えたり、席を譲ったりするのと同じように、アートもデザインも貢献になる予感がする。

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ゼロから何かをやること。

2016.2.27

リニューアル後、初のホームページの更新をした。微調整も加えつつ行った更新作業は、自分に新しい力を与えてくれる。それはちょっとずつでも付いてくるものだから、壁から逃げない方が実際は得策なのだ。
 
今日から読み始めた本『レバレッジ人脈術』(著・本田直之さん)には「貢献」という言葉がキーワードとして登場する。そんな訳で触発されて「人に対して自分は何が出来るだろう」と考えてみる。 
 
得意なことと言えば、アート、デザイン、物をつくること、論理的に問題解決すること、ゼロから何かをやること、料理ぐらいだろうか。しかしだ、最近は問題解決の方が多すぎて「ゼロから何かをやること」が少なくなってきている。
 
そう書きながら、今、自分が何かを始めようとしたり、そのために地域に行ったりしていることが何となくだが腑に落ちた。

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久々のこと。

2016.2.21

久しぶりに宿泊を伴う遠出をした。といっても、南房総なのだから電車でも3時間弱で到着する。しかし、長い間、旅をしていないと宿を探すことが億劫になり、決まったのは出発前夜だった。いざ出発となっても、天気のことや探し物のことなどいろいろと心配になるのだが、現金なもので、電車に乗ると未知の地に入る好奇心の方が勝ってくる。
 
1時間以上になる乗車時間を2本。体のあちこちが固まったような痛みだしたが、目的の駅に到着すると雨であった。あいにく傘を持ってなかったので、道順を聞くために電話をすると、車で迎えに来てくれると言う、なんともラッキーなことが起きた。その後も、15時過ぎという中途半端な時間にもかかわらず、中華料理屋もやっていたり、翌日の宿のお父さんとの会話も、若女将や女将の気立ての良さも、上手く回ったときの旅を体験した。
 
二日間動きっぱなしで頭も使いっぱなしだったにもかかわらず、頭が冴えているのがわかる。これが、旅の良さだ。移住先を探すという名目だが、それが功を奏しているようで、近々、またどこかへ行こうと思った。

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シロサギ。

2016.2.14

久しぶりに自然に近い場所の川へ出掛けた。マウンテンパーカーに軽くほこりが付いていたのを発見し、今年の冬になってから初めて袖を通したことに気づいた。昨年は調子が悪く、12月に低体温が発覚してからというもの、自然の中に歩を進めることを避けてきた。
 
朝にしていた家事もどこか機嫌が悪いまま進み、電車も遅れ、街中の雑音を鬱陶しく思ったまま、目的の駅に到着した。既に時刻は14時を回っていたが昼食を済ましていなかったので、駅近くのインド料理屋に入ったら、そこでも左右のテーブルには賑やかな声が響いており、ウェイターも彼らの相手に忙しく、暫くの間放って置かれた後、一番辛いカレーを注文し、掻き込むようにして食べてすぐに店を後にした。
 
自分でもわかるほど足取りには怒気を孕み、川に近づくにつれて、邪魔者がいるかもしれないと感じるのが強くなっていた。しかし、川が近くなり、側にある橋の上から確認すると人気がないことが分かり、少しばかりの安堵が生まれ、その安堵は川の音が大きくなるにつれて増していき、さっきまでの苛立ちは小さくなっていった。
 
驚いたのは到着した時だった。川に到着すると、人はいないのだが、代わりにシロサギが留まっていたのだ。何度もこの川に来たことがあったが、鳥がいたことはなかった。それも、よく見ると、少し遠くにもう一羽いて、つがいでいるのが分かった。
 
雲の隙間から陽射しがまっすぐに伸びているのも手伝ってか、どこか浮世離れしているような気分もし、数枚写真を撮った後、横になって浅い眠りについた。

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スキルアップ。

2016.2.11

海外のデバイスからでも日本語が読めるようにしつつ、その日本語の容量を軽くしていた。そんなことをしていると、スキルは上がっていくし、面倒臭いことや今まで出来なかった領域へ踏み込んでいくことが当たり前になっていく。
 
人生はそのことの繰り返しだし、乗り越えることが当たり前になると、もっとワクワクしたいと、乗り越えることへの慣れが生じている。もっと、レベルを上げたいのだ。

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距離感。

2016.2.7

さっきまで友人と呑んでいて、そこは神楽坂にある昔ながらの家を飲み屋として使っているような佇まいのお店でした。
 
何が面白いかというと、六畳間を二部屋つなげたような座敷に、お膳を向かい合って座るスタイルで、やはりというか、時々、背中合わせにしている違うお客さんと背中がコツンと触れる距離感だ。部屋には適度な余白(スペース)があるので狭いという印象はなく、別々の場所で話が盛り上がり、お互いに背中をのけ反った際に触れ合う程度の感覚であり、それは微笑ましい感覚だった。
 
以前どこかで読んだ記憶があるのだが、満員電車で感じるストレスは戦争を体験しているのと同程度のものであるらしい。たしかに、僕自身も満員電車の距離感は苦手である。そんなことを話しながら、あのお店の距離感を今思い出してみると、うん、ちょうど良い距離感だったと思える。他人同士が心地いいと感じることのできる距離感、そんなスペースを作るのもアリだと思った。

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