Archive for 2013.11

生きている実感

2013.11.30

『方丈記』で書かれているように、住まいに対して「仮の宿」という意識がある。よって、賃貸で構わないのだが、更新料が発生する理由がよくわからない。
 
どこに流れてもいいし、自然の中にある時間を体感することが、僕にとっては大事なことだ。
 
落葉の美しさ、秋から冬にかけて出会える時間である。動物たちが眠りにつく季節、冬にしか動けないものたちもいるだろう。その時、その時、たくさんの生き物たちが変化している。

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2013.11.28

運動をした日というのは、肉を吸収したくなる。使ってしまった血や、断裂した細胞を繋げるためなのか、肉を体に加えたくなる。
 
これは、仕事中もそうで、とても疲れているときほど、肉を摂取したくなるのだ。時間が経つことで、効率よく血になる素材が体には必要だと感じるのだ。
 
しかし、外食も、自炊も、肉は誰かが採ってきたものだ。狩りをしたことがない僕は、本当の肉を感じたことがないのかもしれない。

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穏やかな気持ち

2013.11.27

自然に向かうと、優しい気持ちになる。川に向かう途中に立ち寄ったカフェで、店主に川への道を聞くと、僕が狙っていたルートとは違うが、結果良いルートだった。
 
川から帰る道中、欄干での景色を撮影していると、撮影が終るまで歩くのを待っていてくれた女性。数十秒の撮影だったが、立ち止まってくれていたのか、歩く速度を落してくれたのか、すれ違うときに挨拶をした。
 
すれ違った後、数メートル歩いてから振り返ると、彼女も欄干から撮影をしていた。そして、娘さんらしき人物が彼女の後ろを付いてきているのがわかった。
 
その後、別の河原で昼寝をしていると、小さな男の子と女の子が遊んでいるのに気付く。ゆっくりと過ぎる時間だったが、確実に流れているのが時間だ。この静かで穏やかな気持ちを、いつもでも持っていたい。

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川の声

2013.11.26

河原や渓谷で寝そべることでは、川の音が重要だということを知った。よく行く川へ、昨日は別ルートで行ってみたのだが、途中、川の幅が広くなり、浅瀬で水流の音が微量の箇所と遭遇した。「ここでも構わないか」と一瞬思ったのだが、何故か、腰を下ろす気になれなかった。仕方なく、いつもの場所へ向かい、酒を片手に寝そべったのだが、先ほどのことが頭から離れなかった。
 
その理由は、川がたてる音にあっただろうし、人間がいないということだった。川幅が広く、浅瀬であれば、人はやってくる。少量ながら、生活圏の匂いがし、僕の鈍感な受容器では、人間の匂いの方が勝ってしまい、微量な川の声を聞き取ることができないのだった。
 
よく行く場所や、僕が選ぶ場所には、人がいないか、人がいても自然と対峙することを求めている人達のせいか、自然と一体になろうとする動物の匂いを発している。その匂いを出すと、川の一定だった音は、優しく語りかける声に変わる。
 
その声は、まどろみを呼び、想像の波に浮かぶことを許し、感謝の気持ちで一杯になる。

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更新

2013.11.24

My homepage was updated. I wanna take photos that flour, rice, pumpkin, and coffee beans.
Let’s go!
 
「Grace」アップしました。小麦粉、米、カボチャ、嗜好品(コーヒー豆)を撮りたいです。
 
詳しくはこちら

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忘れている

2013.11.24

今の速度のままでは衰退になると思うのだが、今の速度を超えると、多くのことが空中分解しそうな気配がある。
 
それが、一人の限界だと感じるが、頼ることを忘れている。
  
そう考えると、頼るとはどういうことだろうか、という疑問と出会う。
 
I think that I will decline still speed in now. On the other hand, over speed, I will lost a lot of projects.
 
This is the limit of alone, but l forget to rely.

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体を動かす理由

2013.11.23

筋トレとランをすると、体の細胞が起きる。血肉が己の存在を証明しようとする。それらに応えるように動くのだが、「選ぶのは俺だ」という意識が働く。
 
生きていると、必ず困難と出会うが、幸運と同様に「選んでいるのは自分だ」という意識を向けることで、他人のせいにしないで済む性格が出来上がる。もしくは、問題がどうして起きたのか、何が問題なのかを考察する力を手に入れる。
 
スポーツ選手ではない人が、運動をするというのは、こういう理由があってもいいだろう。

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人の技

2013.11.23

今年からタイ古式マッサージを使うようになったのだが、こういうのも特定の場所に行くのがいいと思った。同じ人の場合、僕の体の仕組みや状態を把握しやすいようで、その日に合わせたやり方を判断して行ってくれる。
 
仕事なのだから当り前のことかもしれないが、人に自分の体を委ねる以上、物や仕組みを作っている僕ら以上に、察知力と適応力は高いのかもしれない。
 
いや、そうであって欲しいという僕の願望かもしれないが、前回と今回、体を預けた人の技は、見事に疲労を回復させた。

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違い

2013.11.22

美味い酒を呑む頻度は上がっているが、美味いご飯を食べる頻度は減っているかもしれない。
 
僕の場合、酒と食事の違いは、酒は美味い酒を上手い人に作ってもらえたら嗜めるが、食事の場合、上手い人に作ってもらうよりも、愛おしい人に作ってもらう方が体が喜ぶということだ。
 
自分で作るということも両方あるが、最近は、一人分つくるのも億劫で、結果、美味しいご飯を食べる頻度が減っている。

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作るための話

2013.11.20

久し振りに写真の話をしよう。誰も彼もが高画質な写真が撮れる時代、判断力と絵にする力が、今まで以上に必要になっていることは明らかだ。しかし、どんな人でもストックフォトで販売できるように、偶然の一枚でも、お金を稼ぐことができるようになっている時代であるのも確かだ。
 
前者のように判断力と絵にする力が必要になるのは、職業として永続的に続ける場合であろう。写真家として、技術を積み、想像力を育み、的確に絵に出来るかどうか——制作中の発見を瞬時に作品に取り組むのか、次回以降の作品にまで待つのか——僕達が必要とする能力はたくさんある。
 
しかし、技術、想像力、判断力すべてに共通するのは、「本当につくりたいものをつくる」という覚悟が、根っこに存在しているということだ。
 
その覚悟がなければ、薄っぺらなメッキが自己に上塗りされるだけだ。

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