Archive for 2013.6

ビジョン

2013.6.30

昨年「地球をつくる」と言い始め、もっと伝わりやすい言葉はないかと探して「土壌をつくる」と言い始めて、実際に動きだした。実現できたときの社会の姿(ビジョン)は見えているが、どんなに頑張っても土壌に芽が出始めるのは、25年後。そして、僕だけの力ではどうすることも出来ない。大きく社会をまとめ始められるようになるのが5年後。そのために、礼節を知らない輩は知っておいて欲しいし、「何が出来るかわからないけれど」と言っている人は、自分が誇れるスキルを持っておいて欲しい。そんで、既にスキルを持っている人達は、芽に花を咲かせる育て方を覚えておいて欲しい。
 
30年後には、子どもが「何が出来るかわからないけれど」なんて言って迷わなくても、自分のやりたいことに突き進める社会にする。食うことに困って、才能を捨てることがないような社会にする。そうして、「選んだのは自分だ」と個々人が言えるような社会にする。愚痴や批評や老婆心で、突き進む奴らの足を引っ張るようなことがないような社会にする。
 
それにしても今朝連絡がきた10月のサンディエゴ……弾丸過ぎる……どぼじよ。飛行機の中で仕事できないかな〜。できちゃうんだろうな〜。倒れたとしても、綺麗な看護士さんと女医さんがいる病院で点滴うってもらうもんね〜。

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恵まれていたもの

2013.6.29

僕の起点になっているのは「人は死ぬ」ということかもしれません。そこから、「笑顔で死ねる自信」が「幸せ」になっていますし、「正直でいる」や「労力・金銭・時間・感情からコストとメリットと考え」、「感情のメリットを優先すること」に繋がっています。そして、最終的に「好きなことをやる」に結ばれています。
 
そして、恵まれていたのは「人間」でした。
 
何とか食ってこれたのも、センスを磨けたのも、スキルを伸ばせたのも、ぜ〜んぶ人との出会いが始まりです。
 
そんでね、昨年あたりから、作品にも人にも恩返しをする時期に入っているようです。会話量も笑顔量も増えたな〜、としみじみ思いました。

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センスと経験

2013.6.28

ここでも何度か話していることですが、物事には必ず性質があります。何かをつくるときに「やりたいこと」がはっきりとすれば、制限の中でもやりたいことが叶います。
 
性質さえはっきりとすれば、あとは性質を強調させるやり方が見つかります。その匂いを掴んだり、ルートを見つけるのがセンスだとすれば、形にするのは経験によるところが大きいような気がしています。
 
だから、ひたすら作り続けることが必須なんだと、よく思っています。先達と話していると、形にする経験値が「すげぇな〜」と思っては、成長している自分も感じるんです。
 
今までの人生もそうでしたが、成長させてくれたら報いないとね。

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当たり前のことに気づけてラッキー

2013.6.28

体の感覚が変わるというのは、良くも悪くもあるものです。

疲れきったら、力みがとれていることもあるし、調子がいいと走っていたらガス欠になることもあります。

この感覚と結果、予想を超える成果を出すとなると、なかなか難しいです。

と、考えていたらそりゃそうだ。

だって、予想を超えているんだから。しかも、成果なんだから、良くなきゃいけないという偏見を持っているんだから。

こりゃあ、いいことに気がついたと思いました。次からは「そりゃあ、難しいよね〜」と言えますもんね。

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昨日の続き

2013.6.26

しかしだ、歴史を知ると、それだけ争いをしてきたことも知ります。

人は争います。戦争をします。ただ当事者を殺すのではなく、とりあえず根絶します。圧倒的な力を見せます。生かすなら相手の気持ちを折る必要があるからです。そうしなければならないほどの、私利私欲や正義の名の下の欲望があるのが人間だったのでしょう。

国対国じゃなくても、個人対個人でもそういうことが見られるときがあります。

でもね、根絶するやり方の無理感を多くの人達が持っているように思えます。

個人の総体が社会なら、個人が活きなきゃ社会として無理が生じるはずです。

個人が活きる仕組み、提案してかなきゃならないな。

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上がる確信

2013.6.25

自然の話の続きですが、作り手としてワンステップ上がることがわかりました。

20代も前半の頃までは、怒りや憎しみで作品を作っていました。結果として破壊力のある強さが出せていました。

その作品としての破壊力を、愛情と慈しみで、楽しさと笑顔の気持ちで作ることが、今よりも上がるきっかけになるのかもしれません。

そのためにも、歴史をもっと知る必要があるな〜、と確信しています。

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優しい話

2013.6.24

昨日は入間川の渓谷で昼寝をして自然パワーを吸収していました。

自然の中で暮らすと難しいですが、ちょっとだけ自然の中に身をおいていると、地球に守られていることを感じます。

昼寝をしていたら雲行きが怪しくなってきたので帰り始めたら、案の定、通り雨に遭い、雨宿りをしていました。

雨宿りの最中も、風に乗ってくる飛沫が気持ち良く、しばらくの間、漂うような幸福感で惚けていました。

しばらくすると、雨が落ち着いたので再び駅を目指して歩き始めたら、通りすがりのおっさんが「これ、使いな」と傘をくれました。

まあ、使わないだろうなぁと思いながらも、僕の人生、その優しさにこれまで生かされてきたことを思い出して嬉しく思っていたら、再び雨が降ってきて、結局、傘を使ったんです。

地球も自然、人間も自然。地球が優しいなら、人間も優しい。

そして、優しさを吸収したので、優しさを還元したいよね。

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好みの変化

2013.6.23

好みが変わってくることは、悪いことじゃないなと思っています。以前、「変化を恐れないことで会話が成り立つ」や「指針があれば、変化を恐れない」と話しましたが、好みについても同様のことが言えそうです。
 
子どもの頃、僕はポテトサラダもマカロニサラダも嫌いでした(マヨネーズが得意じゃなかったというかね)。その後、マヨネーズが平気になって、マカロニサラダが好きになりました。その時は、ポテトサラダも食べるけれど、嫌いじゃない程度でした。
 
そして、数年前から自宅でもポテトサラダを作るようになるほど、好きになっちゃったんですよね〜。
 
この理由を考えていたんですが、「好みが変わることが自然のこと」かもしれないですが、「変化を恐れないこと」が大きいのかなと感じました。
 
弁当についてくるサラダも残さずに食べていると、「あ、美味しいな」と思う経験があります。いつも、何と無しに食べていたのに、ふとした瞬間にご褒美のように「あ、美味しいな」という気持ちが生まれます。
 
そういう気持ちを経験すると、好きになりますよね。
 
でもね、変化を恐れて、拒否し続けていたら、その経験が出来ずに今も好きになっていなかったでしょうね〜。

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腹八分

2013.6.22

運動をしたり、体を酷使すると、肉を摂取したくなります。パワーを外から吸収したいというものです。
 
「肉を食べること」の問題は知っています。ほ乳類を食べることでしか得られない幸福感が人間にはあるようだとも聞いたことがあります。どちらも正論なんだと思いますが、でもね、そんなことよりも、「全く禁止」だとか「食べ続けなきゃいけない欲求」だとかがマズいんじゃないでしょうか。
 
つまり、ほどほどで良いんです。毎日食べる必要はないし、栄養摂取の義務で食事をしているわけではないですし(そういう人達もいるんでしょうが)、食べるものも「腹八分」が一番美味しいんじゃないだろうか、と考えています。

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写植

2013.6.22

写植時代を経験した方々が、素直に羨ましく感じます。全員がそうではないですが、写植で生きてきた人の文字組を見ると、かっちり組んだときも、遊びを入れているときも、美しい。これ、デジタルしか経験していない世代だと、なかなか培われないセンスです。
 
物質をアナログという前提で話をすすめると、人間はアナログ。本も、PCのモニターもアナログですよね。
 
そういう意味では、僕らがやっていることの全てがアナログの感覚を有しているとも言えます。
 
そして、それを写植時代の先輩達はしっかりとセンスとして持っている人が多いんですよね〜。時間があるときに、何度か写植で制作をしたいと目論んでいます。

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