Archive for 2012.8

感覚を取り戻すような(1)

2012.8.31

昨日と今日で制作の動きが合っているが、「これは恐いな」と思った。いつの間にか調子に乗ってしまいそうで。ただ、今夏ずっと続いていた「何を食べても突き抜けた美味しさを得ることが出来ない感覚」は先週辺りから改善され、昨日呑んだビールは美味しかった。どこかに呑みに行こうかと思ったが、パッと呑みに行ける友達いないじゃん、ってことに気付き、結局いつもの特等席。もう少し涼しくなったら焼酎だな。

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2012.8.30

完全版です。

詳しくはこちら

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2012.8.29

白盤更新しました。
 
こちら

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おっちゃん、おばちゃん、知人、友人、初見などなど

2012.8.27

昨日、深夜0時を超えた頃に帰宅し、今朝は滞っていたメールの返信などからスタートしている。越後妻有滞在中は携帯電話の電波がなかなか届かず、電波が入っても触る余裕がなかったりと、携帯電話はほとんど機能させていなかった。
 
さっき道を歩いているときにそのことを考えていたら、大学時代にしていた旅では携帯電話を自宅に置きざりにしていたことを思い出したのだった。戻ってからは面倒臭いけれど、大体、半日もあれば滞っていたものは落ち着く。そのような状況下では、会っている人との会話だったり関係に集中が切れないで済むので、「たまにはこういうのもありだな」と思ったのだった(常時だと大変だろうけど)。
 
そして、どんなことでも良いから、やっている仕事に対して懸けている人達や、どんな場所でもいいから、他人を迎え入れてくれた人達への礼節はとても大切だと思っている。そんな人達と何をやって、何を考えているのかという話をしている時、相手を問わず僕は楽しんでいた。
 
最後に、食べたもの全部美味し。ありがとうございます。

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明日にちなんで映像の話(映画だけどね)

2012.8.24

『十二人の怒れる男』(監督:シドニー・ルメット)を観ていた。ほぼ1つの舞台で観客を魅了させる台詞回しや演出、秀逸過ぎる。何度観ても勉強になるし、脚本を読んでみたい。
 
作品は変わり、今月初旬に『ダークナイト ライジング』(監督:クリストファー・ノーラン)を観たが、僕はこの三部作が好きだ。物語としても、映像としても好きであり、(好き嫌いとは関係ないが)かなり古典的に作られている。セットを組み、エキストラを集め、進行人物の視点でカメラが進む。三作目の『ダークナイト ライジング』に至っては、IMAXフィルムを使いまくり、DVDやBDのホームシアターで観たり、小さな映画館で観るのには勿体ない映像だ。
 
僕は、この2つの映画は「限定的」という意味で似ていると考えている。前者は、いわずもがな限定された空間と人物で約90分進んでいく。後者は、映画をつくるための道具と人間の使い方、そして完成された映画のクオリティを存分に発揮するためには、映画館のサイズが求められるということ。
 
マルチカムで撮られ、CGを多分に使用しているのも、頭を空っぽにして観るときにはとても好きだし、そういう一見すると無制限な作り方が製作における「現代的」と言えるのだろうが、脚本の素晴らしさを感じるのは「古典的」に作られたものが多いような気がした。

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お国柄

2012.8.21

遅ればせながら、『これからの「正義」の話をしよう』(著:マイケル・サンデル、訳:鬼澤忍)を読み始めた。まだ途中だが、過去の哲学者の考えを現代の例文に当てはめたり、市場経済に触れながら読み進められるので、コストパフォーマンスが高い本だと思った。
 
むしろ読んでいて興味深いのが、日本人の「当り前(偏見)」とは少々異なるところだ。例えば、「正義をめぐる議論が白熱すると、たいてい市場の役割の話になる(p.100)」、日本でこのような議論があれば、「市場の話」→「正義の話」に展開され、最終的にうやむやになるのが常だ。つまり、サンデルさんの国とは議論の順序が逆になる。本文は日本語に訳されているから訳者による影響があるのかもしれないが、こういう違いを発見することが面白い。
 
「当り前」とされていることへ疑いを持つことに不慣れな人に、この本は薦められる。
 
関係ないが、飯田橋から後楽園の間でめちゃくちゃ美味しい中華そばを食べた。ほっとして、スープを最後まで飲み干せる中華そばだった。幸せな一日だ。

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歴史に馳せる

2012.8.20

作品の資料を読んでいて、説を曲げられて攻撃されたエピクロスはどういう気持ちだったのだろうかと、考えていた。おそらく、今のように言論の自由度はそう高くはない時代の攻撃だ、そうとうなものだろう。それでも、心の平安を保っていられたのだろうか? そして、攻撃した人間も高度な教育を受けたものであり、エピクロスが言おうとしていたことを理解できなかったはずはない。にもかかわらず論旨を曲げて攻撃した際は、いかなる気持ちだったのだろう。これらも推論でしかないが、わかっていても攻撃しなければならないとき、そこには恐怖があり、不安があるはずだ。しかし、既にそこには高みに行こうとする姿勢とは異なるものしかないのではないだろうか。

 

そして、他国の文化を調べても、「無常観」や「無常感」に収斂されている。

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予告編

2012.8.18

下記、イベントで上映するムービーの予告編です。
 
予告編はこちら
 
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「越後妻有アートトリエンナーレ2012 関連イベントmujikobo企画 GARDEN 写真→映像」
 
2012.8.25
18:00~20:00(プロジェクション)
20:00~21:00(トークイベント)
 
@越後妻有アートトリエンナーレ2012 十日町エリア名ヶ山地区
 
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作品のまわり

2012.8.18

白洲正子さんの『木 なまえ・かたち・たくみ』を読んでいた。名前は知っていたが、白洲正子さんの著書を読んだことがなく、「韋駄天のお正」の異名から厳しく恐い人なのかなと勝手な想像を膨らませていた。しかし、本を読んでみると、日本文化への造詣の深さの一方で、門外漢なところや無精だったところを正直に語り、全体を通しての切っ先鋭い文章は「とても気持ちの良い人だったんだろうな」と白洲正子さんのことが好きになっていた。
 
時間は流れて、夜はめずらしく夜更かしをして『放課後ミッドナイターズ』の試写を観ていた。前作にあたる短編の方が「動きで笑かす雰囲気」が強かったが、今回の長編も終始飽きさせること無く、トップスピードで楽しんでいた。福岡で制作されたとのこと、地方も面白いんだぜ。
 
そんな訳で、一週間後には地方(越後妻有)での一日限定イベントに参加するわけだが、これも僕には厳しい夜の時間帯での現地入り、テスト…なんとかなるんだろうけど、夜更かしが続くのは応えるな(トークショーも夜…)。

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遠回りが故に

2012.8.16

先日納品した作品が、あるべき場所に置かれたとの知らせをもらった。B5程度のサイズに8ヶ月もの期間を費やしてしまったが、これまで培ってきた技術を集めたものである故、仕方のない遅作だったと言える。既に亡くなってしまった人の遺影を扱い、しかも僕はその人のことを知らないために、多分に僕の解釈が混ざってしまったはずだが、それでも情を動かすことができ、思い出を語ってくれたとのこと。以前にも書いたが、僕らはとても非力で遠回りな職業だ。だが、時として深部を掬い上げることができる。

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