Archive for 2012.6

一ヶ月経っていないのに再開

2012.6.29

初めての江ノ島だった。江ノ島にはヤンキーしかいないと思っていたが、実はそうではなく、むしろ地方の方が「キング・オブ・ヤンキー」の格好が多かった。そして、やはり江ノ島で見る海も他の海とは異なり、江ノ島の海だった。雲と海が重なり、どこまでも続いていくかのように見え、憎しみや争いが起こる必要なんてないのにな、と思っていた。一緒にいた人とつくる空気もあるのだろう。のびやかにゆったりと流れているのに、とてもあっという間に過ぎていった。そんな中にきた一通の依頼メール……まだ決めかねているが、作る日々が始まるのだ。

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更新

2012.6.27

そんでもって2枚追加しました。

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地球から教えてもらったこと

2012.6.25

自然と人工物の性質。数十キロ移動しただけでも海の色や木々の色、空の色が違い、人も町並みも変わる。いや、移動せずとも日々、地球や宇宙という舞台で刻々と変わっている。雲梯をすれば、手や肩に重力による体重がかかり、舞台の強さに引っ張られる。大地の上に立てば、エネルギーを吸い取ることができ、腕を伸ばした先には空気という名のエネルギーが掌の上でボールをつくっている。温かいし、冷たい。生んでくれてありがとう、と手を合わせ、離した手は柔らかさと鋭さを持ち合わせている。何でもつくっていいんだ、と舞台が教えてくれた。

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2012.6.19

良い原稿を組めるのは高い喜びだが、ずしりとのしかかってくるものがある。

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一服する時間

2012.6.19

パーティ事も今月はもうなさそうだなということで、クリーニング屋さんに洗濯物を出していた。そこで、洗濯物が仕上がってくる日を告げられるわけだが、数年前よりも早くなっているような気がしたのだ。そして、「本当はこの日だけど、前日の夕方には仕上がっている」とも話されたのだが、ここでも瞬発力勝負が働いているのだなと思った。
 
今まで、3つの場所(実家を含めず)に住んだが、どこもクリーニング屋さんは多かったような気がする。そりゃあ、いくつもある洗濯物を抱えて歩いたりするのは面倒だが、それでも多いよなーと素人なりに思ってしまう。
 
そこで、わかりやすい競争が始まる。価格と納期という、わかりやすいお得感を抱かせるかという競争だ。そりゃあ、仕上がりが早いと嬉しいこともあるが、遅いことでとても困るというのは、僕を含むお客さんの側にも何かしらの問題があるはずだ。そして、実はこの「わかりやすい競争」って人間を馬鹿にしているような気がするのだ。「コレとアレがあれば満足なんでしょ」と、どの人間にも当てはめて言っているようなものだ(そういう人もいなくちゃ面白くないけれど)。
 
今月初めまで洗濯機が使えずに、マンションに仮設していたコインランドリーを使っていたのだが、世帯数と設置数のバランスの悪さから度々、ランドリー前で待っていた。待っている時に、同じように待っている人や洗濯が終る頃にやってくる人と話をしていたことを、クリーニング屋さんで思い出していた。
 
洗濯物を出しにいったら、一服させられるクリーニング屋さんって出来ないかな、と考えていた。「ちょっとアンタ、お茶飲んでいきなさいよ」と有無を言わさずに引っ張られるクリーニング屋があってもいいよなぁ。

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見えてきた

2012.6.18

風や大地を感じていると、デッサンや写真を撮るという基本に返りたくなる。

そのような後で生まれる線はやさしさがある。

現在点の先に必要なのは、そういったやさしさなのかもしれない。そして、作品化や商品化していく過程で、「張り」を帯び、ソリッドな中にやさしさを有した作品が生まれる。

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ローカル

2012.6.18

今週から地方の友人達に会いにいく。急ぐことはないので、全てローカル線で行くのだが、考えてみると「瞬発力勝負になっている現代に懐疑を持っている」ことと繋がっている。乗り換えの待ち時間が長いのならば、駅の近くを散歩したり、その土地に根ざしている人達と会話をしたい。大学時代に野宿をしながらぶらぶらした道順と重なっているが、その内容は大きく変化しているようだ。

AM9:31——掃除、洗濯、料理が済んでしまったので、今日はのんびりと過ごそうと思う。

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更新

2012.6.17

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今を考える

2012.6.16

資料整理やOSアップデートも終わり、ようやく本格的に考える時間が持てそうだ。作り手として新たに得た実感の正体を掴むために「動きながら考える(考えながら動く)」という今までのやり方を変えて、「考える」という方法が果たして正しいのか……いや、おそらくこれが最短距離だという実感もあるのだから、呑気に信じてみようと思っている。
 
それにしても5年振りにやったボルダリングは楽しくもあり、普段意識できなかった部位にまで体への意識が高まったが、5年振りに変な所が筋肉痛だ。

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運動、僕の場合

2012.6.13

高校時代から使っていた、トレーニング用のパンツがボロボロになってしまったので買い替え、早速トレーニング。しかし、最近よく思うのだが、筋肉痛が当日にくるのは年相応なのかがわからない……。それとともに、「走ることが気持ちいい」という感情もよくわからない。走っていると、風は気持ち良いが体はきつく、そのきつさを感じている自分にキレて走ってしまうのが僕の場合だ。頭を使い過ぎる日々を過ごしている最中、身体の酷使の後には頭がすっきりするが、それは走った後やトレーニングの後のことだ。酷使中は自身にキレている。そして、体が回復を求めてか、そういう日は肉と野菜をひたすら求めている。

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