Archive for 2009.7

光学装置の記憶 – Memory of Photography –

2009.7.29

漸く、「光学装置の記憶」シリーズも一段落つきそうです。

思えば昨年のこのぐらいの時期に「生命の形」と共に始まり、間に色々な作品が交差し、ついに手から離れていけるほどになりました。
創作中から何となく思い浮かんではいましたが、これからは本腰を入れて発表形態や発表場所を検討しないといけません。

先駆的なことになると、どうしても日本では無理になってしまうのが、皆も知っている悲しいお国柄。

本日、首筋の抜糸も終わり、後は放っておいていいそうです。昨日あたりから食欲も戻ってきました。
良性の皮膚腫瘍の一種らしく、切除して正解だったようです(今日初めて聞きました)。
ご心配をおかけしました。

ありがとうございました。

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学びの場と質問

2009.7.26

0:11です。

漸く夕飯でプリンを食べています。

粉瘤(ふんりゅう、←本当にあってるのか?)を切除してから一段と食欲と性欲が減退して、あるのは睡眠欲ばかり・・・。
ご飯を食べないで薬を飲むと胃が荒れてしまうので、プリンを食べている。
この年齢でこれ以上減量してしまうのもよくないだろうし。

作品の構想、イメージ、コンセプト、テーマなどは浮かんで来なくなることは全くないのだが、いかんせん身体が動きませんよ。

そんな中、友人の紹介とワークショップにも役立つかもしれないなぁと思い、2週続けて某コマーシャルギャラリー主催のワークショップに参加していました。この2回は宣伝がてらのトライアル期間らしく、今後はお金が発生するらしいです、だからもう行かないよ。「作品を持ってくれば無料」とかにすればいいのに、と思いながら参加する度に実感するのは、僕たちがやっている「現代写真倶楽部」っていいワークショップだなぁということと、その質を高めるためには投げ掛けている「考える契機」を無駄にしないということなのだが、出来ているかな?

無駄に年をとってしまうと、つまらない会話や行いしかできなくなってしまい、それってとても勿体ない人生ではないだろうか。

身体を動かすガッツは減退していますが、来週はデジタル映像制作のセミナーに参加してきます。
3DCGを創るMayaっていうソフトを触ってみたいのだけれども、誰か使わせてくれる人/機関はいませんか?

※ いつも作品に添付している資料(「論文か?」といつも言われている文章です)を「document」という項目を作ってpdfファイルとしてこのホームページに載せてもらおうかと迷っているのですが、載せるか載せないか、どちらがいいと思いますか?
論文の体裁を守っているので引用文献/参考文献の表記に不都合はないです。
commentじゃなくてもcontactからのメールでも意見を下さると助かります。

よろしくお願い申し上げます。

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虹と日食と・・・。

2009.7.22

皆既日食の日でしたね。

先日の虹(都心でしっかりと左から右へ架かっている虹が観れたのです)同様、一体どれほどの人たちがたった一つの自然現象に意識が向かったのだろうか。
水たまりに映った部分日食なんて、このような天候じゃなければ偶然に観ることは叶わないだろうし、それらを観た時に「オォ!」となるのは万国共通か?
一人一人の意識をこういう特別な時にではなく、普段から向かわせることが出来たのなら、もっといい地球や世界になるんじゃないのかと思いながら、病院の待合室や薬局のTV中継で、僕は日食を観ていました。

その訳は、首筋にできた粉瘤(ふんりゅう)とたしか言っていたようなできものを取るためで・・・何故か手術台へ、そして麻酔とレーザー?、案外、大掛かり。
切除したものを拝見させていただいたところ、直径5mm×深さ2cm程度の肉腫のような、「本当に俺の中にこんなのが?」と疑いたくなる。
つまり現在はそのぐらいの穴があるのか?と疑問を持つが、「傷が開いてガーゼで収まらない血が流れてきたらすぐに来て下さい」や、「今日は安静に」という説明から、今日は久々の休養日ということで。

自然現象ってやはり人知を超えている。

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AsakaCity

2009.7.20

地元に帰っていた。

けっこう知られているので今更隠す気もないが、僕の地元は埼玉県の朝霞市だ。
産まれてから19歳まで住んでいたから生粋の朝霞気質に育ち、案外、藝術の街としても成り立っていて、駅前に立っている看板の下に書かれている「AsakaCity」はデザイン性が高いといえるし、本田美奈子さんのモニュメントが建っていたり、尾崎豊さんや丸沼芸術の森など、隠しておくのは勿体ないほどの街だと思っている。

そんな街で育ち、たまに戻っているのだが、今回はいつもと違っていた。

今回は小学校時代の学区内を回っていたのだけれども、緑があり、土があり、破格のDIY屋(L:1800×W:900×D:12mmの板が約850円)があり、近くには川越街道や旧川越街道が通っているので交通も便利で、平屋の廃屋やテナント募集がちらほら・・・。

この点在する空き家などをギャラリーやアトリエにすれば、今以上に藝術の街として機能するのではないだろうか?そんなことを考えながら散歩をしていた。稚拙で劣悪なものにしないで、専門外の人たちに藝術の門戸を開くことを考えるとやるべきことは山積みになり、何から手をつけるべきか・・・とりあえず簡易的に企画書を書いて並べてみようか。
過去のネタ帳をみていると3年越し、5年越しや、表面上の形は違えどかなり実現しているので、まずはまとめて整理することが必要か。

その間に作品を創らなきゃあならんし(本業)、やるべきことは山積みだ。

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中目黒のボトルキープ

2009.7.16

昨夜は友人たちに誕生日を祝ってもらっていた(2週間遅れ)。

友人の名前でボトルキープをし、そのボトルには皆の初恋の人の名前やら好みのタイプやら、このホームページのURLが書かれ、誰のボトルかは一目瞭然。皆もっと宣伝してね。藝術や美術が一般的にもっと身近な存在になるためには、多くの人の協力が必要なんです、本当に。

この日は午前中打ち合わせで、夜まで時間ができてしまったので、広尾〜白金高輪に展示を観に行き、色々な会場で親切な対応をしていただきました。ありがとうございます。展示内容も良いものが多かった。
僕が知らないだけか、ギャラリーとしては珍しいタイプと思われるLondon Galleryは、古美術を空間をもって観たい方におすすめだ。

サロン型、インスタレーション型問わず、空間を無視して詰め込むだけの展示が氾濫している中、空間を大切にされている人、物、時、場所に身を置くことができることは貴重なように思える。
そのような場所が他にもあったら是非、教えて下さい。

僕が係わる展示では、毎回、その会場の特徴と作品性を合わせて最高になるようにしているが、次回の個展もその要素が溢れています。
御高覧のほどよろしくお願い申し上げます。

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普遍性

2009.7.14

午前中に企画原案(今度の個展のじゃないよ)を書き、その後、1枚1枚のタイトル決め・・・なのだが、案の定、なかなか進まない。自分の語彙力の低さに呆れながらも、辞書、辞典、パソコン、資料集、参考書などから、雰囲気の先に生まれる確かな道を見つけていく。そんな中で先日、友人に貸してもらった『カラーインスピレーション』(講談社、1992)は読み物としても非常に面白い。ある事物などに係わる色名と色見本、印象、その事物にまつわる小ネタのような文章がセットになって載っているのだが、この文章が趣深くてついつい読み進めてしまう。また、色の選び方も藝術の題材にでてきそうなものばかりで、知っているのと知らないのとでは、深さが異なるだろう。たとえば、サタンには「サタンズ・スパーク」という色があったり、カントのような哲学者たちにも色があるというのは美術家にとっては興味深い。そして、この本を読む前からつけていたタイトルのニュアンスが外れていなかったことが若干、嬉しくもあり、何でもそうだが「鵜呑み」は恐いよねと戒める。

その流れで隠語についても調べていると、西欧と日本が繋がってきたりもし、当たり前のように差異性や個人性が謳われている現代であるが、その中身を突き詰めていくとやはり普遍的なものに繋がってくるのではないだろうか。

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the gun targets my brain .

2009.7.10

誰にでも悪魔の囁きというのは聴こえるのだろう。

「他のやつらのようなお湯に浸かれよ」、「それが限界だ」、「不毛だ」、「貴様のための犬死にがどれだけいるんだろうねぇ」などなどそれら悪魔の囁きは後を絶えない。そして無意識に発せられた「うるせぇよ」の声で我に返ったときに身震いする。

悪魔の囁きは自分の声でもあったと。

何年そんなことをやってるのだろうか。

限界は、自分の足で超えるもんだろうよ。

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ピアノ

2009.7.8

ピアノの音。

結局、ピアノの音に還っているような感覚を持つ。
物心ついたときから家にはピアノがあり、当たり前のように習わされてしまいその流れが嫌で小学校卒業までには辞めていたが、ふとピアノの音が聴こえてくると心が静かになる。

右利きにもかかわらず、けっこう左手が使えるのはこのお蔭かもしれないが、流石に今ピアノは弾けないよなー。
左打ちだし、左足の方がボールが扱えるが、眼は両利き。
完全な右利きってどこだろうか。
ガス抜きも兼ねて、習い弾きにいこうかなぁ。

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イカロスの歌

2009.7.6

「本当に作品のためになっているのか?」

こんな種類の悩みは尽きません。

最近思い出すことに「イカロスの歌」がある。
ここに書くためにそのタイトルを調べてみると、「勇気一つを友にして」というタイトルだったらしい。
ギリシャ神話をもとにしていて、その中ではけっこうひどい戒めの内容としてあるらしい。
けれども、彼のことを僕が初めて知ったのは「勇気一つを友にして」だったので、そちらのイカロスで話を進めていく。

結論からいうと、小学校低学年のときでもイカロスの姿勢に共感や理想とするものを感じていた。
たとえ堕ちることがわかっていたとしても、そして端から見ればただの自殺行為にしか見えなくとも、太陽を目指すという信念を通している姿勢が素晴らしいと思っていた。
それは今でも変わらない。

そんなことを思い出すっていうことは、不純なものが溢れている反動か、はたまた、自己の純度が増しすぎているのか・・・。

だいたい答えはわかっているが。

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The day to ・・・

2009.7.4

やはり最近、身体の調子が芳しくない。

悪い状態、風邪とか怪我とかイボっぽいものとか・・・重なるときっていうのは重なりまくるもので、よろしくない。

そんな中、ついに自転車も壊れたのだけれども、そしたら、マンションの管理人さんから中古の折畳み自転車を頂きました。
錆がひどかったのでタオル(雑巾?)とオイルを借り、後ろに籠がついていたのでドライバーを借り、空気が入っていなかったので空気入れを借り、復活しました。しかも持ち主の方が買ってからあまり乗っていなかったとのことで、タイヤが擦り減っていない。早速、おにゅー自転車に乗ったら、小さい自転車に乗るのは人生初のことなので、こいでもこいでも進んでいないような気持ちになってしまったのだけれども、その進まなさがなんだか面白くなってしまい、そのまま買出しに出かけました。しかも、タイヤが小さいと坂道が楽なんですね、このまま地元に帰りたくもなりました。
とても感謝感激でございます。

どんな状態なんだか。

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