Archive for 2008.5

ヒタッと、ペチっと、吸い付くのが好きなのです。

2008.5.26

制作やらなんやら。

さっきまで個展のレイアウト図を作成していて、こまかなところが決定される。あとは搬入時に変化してくる範囲のはずだ。マケット(あってる?)を作成する人もいるが、かならず作らなければならないものでもない。どの段階で、どの程度のものが見えているかが重要なので。何を持って「見えている」とするのだろうか。盲斑に入った像は見えないし、脳の状態によっては、映っても見えない。したがって、脳が見えないと判断しているかぎり見えない、たとえその他大勢の人間が「見える」と言おうとも。すると、再び先の問いが生じる、何を持って「見えている」とするのだろうか。脳なのか?

しかし、(素人であるが)私の知るところ脳科学は絶対的に、究極的に美しいものへの定式を導きだしていない。あるのならば、知りたい。

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黙々と・・・

2008.5.20

制作と資料。

絵具チューブをとっといているのだが、そのチューブを真っ二つにして残った絵具をほじくりだして、かき集めたらかなりの量になってしまってちょっと嬉しい。そして、このチューブは「ギフト」が始まってから溜め始めたので、ふと昨年今頃の、つまり「ギフトⅠ」を思い出して、ちょっと調べてみる。すると、「桃髪の青色マンと腕がにょろにょろ図(嘘題)」の時期だった(portfolio内の最上段、左から2番目)。あれが、このシリーズを「絶対に進める」と決心させた一枚なのだった。

話は変わり、本日、ガスの点検屋さんが現れたのだけれども、ちょうど絵具をほじくりだしている最中に現れまして、ほじくりだす場所と点検場所がちょうど並んでいて・・・男二人が黙々と並んで別の作業をしている異様な空間があった。こんな時、何か気の利いたことが話せたらいいのだろうが、そういうのは苦手なので黙々と、ひたすら黙々と。明後日は配水管の点検屋さんが来るみたいで、何かいたずらをしてみようか・・・。

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これからの季節

2008.5.19

今日は水ばりまでしかできないので、何か展示を観に行こうかと思ってたら月曜という無念さ。

結局、資料を進めることに・・・。

先ほどベランダで惚けていたのだけれども、どうやら雨が降りだしたようだ。

これからの季節の雨が降りだす前や止んだ直後の空気は良い。とくに豪雨直後のむせ返るような熱湿や、空気がひたひたと身体にひっつくような感覚がたまらない。

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結局、魂は赤いのか、青いのか。

2008.5.15

制作。「もうこんな時間かよ」となる。そりゃあ右手がビキッと痛んで木炭やらボールペンやら落としますよ。けれども彩色が終って、しばらく離れてから目を開けて見てごらんなさいよ。「あぁ・・・あぁ、すげ」

これから資料のほうへ。

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よんひゃくえーん

2008.5.13

昨日は制作の後、資料を探しに高田馬場〜池袋を歩いて歩いて歩きまくり・・・半ば諦めていた本を見つけたのです。昭和30年のもので、ネットでは5000円以上にぼったくられるものが、400円で手に入ったこの感動。さすが池袋。

本日は制作と資料作成。ちなみに、資料はあくまで個展のための資料なのであって、知識の有無に関わらず、作品は作品としてみることが可能です。その後、資料を読んで頂ければ幸いという程度のもので、くだらないゲームに参加する(成り下がる)つもりは毛頭ございません。

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再び良書

2008.5.11

『美学辞典』つながりで、佐々木健一氏の『美学への招待』を読む。その間に『脳ってすごい!』という本も読み終える(キャッチー過ぎる題名からかなり眉唾で読んだが、図版もあって門外漢の自分でもわかりやすいものだった。けれども少し情報が古いように思える)。閑話休題、かなりの良書だ。おそらく読む順序は逆なのだが(『美学への招待』→『美学辞典』の順が好ましい)、この道に少しでも(足の爪の先でも)関わってしまっている人で、「知識とか何にもないしぃ〜」などとほざけている御方は読むべし。読んでから疑うことは如何にもできるので、読まれるべき本かと。

しかし、このような著書を読んでいると、「芸術は死んだ」という類いの言葉がでてくるのだが、その度に絶望的な気分に陥る。2月あたりから個展資料のために芸術史や美学についての著書を読み返したりしているのだが、「芸術は死んだ」という文章を知覚すると同時に絶望が私を圧し潰す。一方、「アートは死んだ」という言葉にはあまりそのようなことにはならず、日本語の(カタカナ表記の)「アーティスト」や「アート」という言葉はそれが包含する職域や意味が曖昧すぎるため、以前から使っていなかったのだが、「芸術」と「アート」についても論じられており、その違いがよくわからないという方も読むべき本である。内容は秘密。

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キャベツ

2008.5.7

制作と資料作り。『美学辞典』を読んでからここでも創造と書いた方が良いのかなと思いつつ、一般的には製作・制作・創造の弁別はほとんどなされていない。コンセプトなどを読ませて頂いて製作という文字を使用しており、そのつもりで作者と話してみると全く違う姿勢であったり、求めているものが異なっていたりと、言葉の使い方が違うだろとツッコミをいれたくなることが多々ある。
言葉は重要だ。なぜなら、我々は人間だからということに帰結されるわけだが(詳しいことはここでは割愛させて頂きます)、だからといって芸術において知識が中核に据えられるべきかというと、そうではないと思っている。必要だが、中心ではない(はずだ)。

優しいものが食べたくなったので、梅干し、生姜、カツオ出汁でキャベツを煮た。美味。そういえば、味覚にも「美しい」という文字が使われる。逆に「味わう」という言葉も視覚分野で使用される。

再び、そういえば、大学時代の友人(一応後輩なのか?)が就職しました。おめでとうございます。

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トレンディー年齢

2008.5.5

「ギフトⅡ」の1枚を仕上げ、「Photo/Graph シリーズ」の新作の下地塗り、そして個展資料の作成。着々と進んでおります。腕が痺れております。
結局、『統合心理学への道』も買いました。本は写真集や画集などのように眼に焼き付けることはできないので、仕方がない。眼という感覚受容器がもつ記憶力が耳などのそれとは比べ物にならないほどの強さを持っているということを知ったとき、「あぁなるほど」と思った。そのせいで(ホントか?)視力は低下していく一方だけれども、この分野の人々はあまり視覚というものを信じていないように思える。それは知らないということからのものなのか、人間の記憶力が実は当てにならないということからくるものなのかわからないが・・・(勿論、過信は禁物)。

この後、夜から友が産まれたことを祝う日でしっかりと祝ってきます。
以前、別の友と「俺たちって昔やってたトレンディードラマにでてくるような年齢になってんだよな」という話をした。玄関先で一悶着、キッチンでまた一悶着、会社でまたまた一悶着。恐ろしすぎる。

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