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私が『サーチ・インサイド・ユアセルフ』を勧める理由。

2016.12.13

日本のビジネスマンの間でも話題になったマインドフルネス。書店に行けば、必ずと言っていいほどマインドフルネスを扱った本と出会えるようになり、日本人が著者のものも多くなっている。しかし、効果のエビデンス(証拠)となる論文やデータが記載されていないものもあり、その著者が何をベースに書いているのかが分からないものも多い。そんな中、冗長なユーモアや特徴的な翻訳に我慢できるのであれば、マインドフルネス関連本の中でも、『サーチ・インサイド・ユアセルフ 仕事と人生を飛躍させるグーグルのマインドフルネス実践法(以下、サーチ・インサイド・ユアセルフ)』は群を抜いてオススメできる。
 
「マインドフルネス」が初耳だという人もいるかもしれないが、著者であるチャディー・メン・タン氏の言葉を借りれば、マインドフルネスとは「ただあるがままでいるときの心(※1)」の状態である。そのため、日本でも話題になり、皆が想像している瞑想の姿は「マインドフルネス瞑想」と呼ばれる。
 
ではなぜ、数あるマインドフルネス関連本の中から『サーチ・インサイド・ユアセルフ』をオススメしたいのか? 理由は3つ(+α)ある。
 

『サーチ・インサイド・ユアセルフ』をオススメする理由。

 
理由のひとつ目は、Googleの成功が挙げられる。以前、『禅マインド ビギナーズ・マインド』のレビューでも話したが、現代人が瞑想やマインドフルネスに関心を持つ理由は「集中力を高め、ビジネスにおけるパフォーマンスを向上させたい」というものだろう。集中力を高めた先に「悟り」を知り、悟りの状態を「維持する」ことが本来的に望ましい状態だとしても、現代人にとってはビジネスパフォーマンスを向上させる方が強い動機づけになる。そういった意味で、誰もが恩恵を受けている検索エンジンを作っている会社が採用したプログラムというのは話が早い。しかも、プログラムは違えどIntel、Facebook、Linkedinなど、批判をする人がいたとしても成功を否定できない企業がマインドフルネスという概念をこぞって採用している(していた)というのも、後押しする事例だと考えられる。
 
オススメする二つ目の理由が、瞑想を科学の分野にしている点である。横浜での講演も記憶に新しいダライ・ラマ法王も、瞑想で得られる恩恵を科学的データにすることを奨励している。そういった背景も手伝ってか、エビデンス(証拠)になるデータや事例が数多く挙げられている。成功している企業だからと言って、すべてのプログラムが成功しているとは言えないが、瞑想における恩恵が事例データとして記載されることによって、プログラムの成功具合がうかがえる。そして、論文などの引用元が記載されているため、私たちがそのデータを調べることができることも大きい。日本の著書では事例を挙げていても、どこの論文なのか記載していないことが多く、引用元にたどり着けないことが往々にしてあったり、神秘的な感覚を重視しすぎていることが多い。
 
最後の理由が、プログラムを実施するやり方が詳細に記載されている点だ。どんなに優れた企業の役員や実績のある人の話でも、科学的データが揃っていたとしても、私たちが行えないのであれば、その話は単なる自慢話だ。日本のビジネスマンと話すと思想ではなく、経歴や事業実績だけが語られて「So what?(だからなに?)」という状態に陥ることは『サーチ・インサイド・ユアセルフ』という本の中では起きない。二つ目と三つ目の理由によってプログラムの再現性は格段に高まっている。つまり、著者であるチャディー氏が目の前にいなくても、私たち読み手はプログラムを実施することが可能になっている。
 

続けるための秘訣。

 
さらにオススメする理由をもうひとつ付け加えるとしたら、私の性格と彼の性格に共通している部分が見受けられる点だ。別の本になって恐縮だが、『RESET・リセットーGoogle流 最高の自分を引き出す5つの方法』の著者であるゴーピ・カライル氏が、インドの厳しい修行で学んだ瞑想が毎日続けられないことをチャディー氏に相談したところ「1秒でいいからやってみること」を勧められたと書いてある。この逸話を読んだとき、続けるための秘訣が「意識すること」にあるのを知っている人だと思えた。私とは違って生真面目な人に共通していることだが、「決められたことを全力で間違えずに行おうとする人々」がいる。残念ながら、そのやり方ではパフォーマンスを高めながら続けることは難しい。
 
それではなぜ、「決められたことを全力で間違えずに行うこと」を続けられないのだろうか?
 
まず第一に、「決められたこと」は内発的動機づけが起こりにくく、パフォーマンスは上がりにくい(プログラムというのはとても単純なものであっても、他人から決められたものである。※2)。第二に、人間は常に全力でいることはできない(全速力で1キロメートルも走れないように)。第三に、人間は間違う(ミスをする・エラーがある)生き物だ。だから、決められたことを全力で間違えずに行おうとすると続かないのだ。しかし、たった1秒で済むのなら、人は全力で行える。そして、他人が作ったプログラムでも、せっかく出した全力が1秒ではもったいないという気持ちが自然と湧き起こる。その結果、続けられるのだ(先の逸話でもチャディー氏から1秒と言われたのに、1分は瞑想を行うとゴーピ氏は誓っている)。
 

実際にマインドフルネス瞑想を続けた結果。

 
実際に、マインドフルネス瞑想を行なっていると、心身ともにストレスが極度にかかる状況でも、冷静さを保ちながら判断を下しやすくなっている。私の場合は、以前から瞑想をしていたり、今年に入ってからヨガも始めたので、一概にマインドフルネス瞑想のおかげとは言い切れないが、それでも冷静さにおいては以前よりも増し、利他的な傾向が強まっている(このブログも日本の知識労働生産性を向上させるためのお手伝いであり、誰かを変えたいと思ったり、自分の利益のためにやっているものではない)。
 
たとえば、冷静さの向上においては、先日昼食を作っている際に自らの過失で、左手の人差し指の爪を半分近く包丁で切り落としてしまった。痛みを感じた後、勢いよく血が流れ始めた。午後の予定に間に合うように急いでいたこともあって、切った直後は極めてストレスがかかったが、それでも自分がすべきことをスムーズに行うことができた。まずは片手で止血できる体勢を作ってから、スマートフォンで家の近所の外科を探して電話をかけた。しかし、昼時のために救急で診てくれる病院が見つからず、いくつもの病院や情報センターをたらい回しにさせられた(その中にはホームページで「救急対応」と書いている病院もあった)。大病院も頭をよぎったが、たらい回しにされている間に時間が経ち、救急車やタクシーを呼ぶよりも、近所の病院が開く時間を待った方が早いということに気がついた。そして時間になるまで指の痛みを感じつつ、午後から会う約束をしていた人に事情を説明するために電話をしたり、指を切ってからそのままの状態になっていた台所を簡単に片付ける余裕があった。
 
このように話すと大した傷ではなかったと思われるかもしれないが、病院から帰って来てからも血は止まらず、次の日に傷口を焼いて止血をしてもらったほどだ。
 
治療初日のガーゼが血で真っ赤になり、痛みと疲労で頭が冴えない状態でも、この事態をバネにして教訓を得ようと考えることはできた。怪我から3週間経った今も完治はしておらず、怪我のない頃よりも疲れやすくはなっているが、それでも気持ちに余裕があり、明晰に自分の行動を選択できている。左手の人差し指を使わないで行うキーボードのタイピングや家事など、仕事や生活の作業にも慣れている。
 
元々、私は物心つく前に腎臓病を患っており、そのお陰で精神的には鍛えられていた。何かアクシデントが生じても心理的な回復力は高い方だったが、マインドフルネス瞑想を意識的に行うことで、精神的な回復力は高まっているように考えられる(そのことが『サーチ・インサイド・ユアセルフ』内でも取り上げられている第五水準のリーダーに近づけていたら嬉しい限りだ。※3)。
 
「呼吸に意識を向けること」から始まるマインドフルネス瞑想。結跏趺坐(けっかふざ)、シャヴァーサナなどのポーズを強いるのではなく、怪我をしていても、手足が動かなくても行うことができる瞑想法。この心のトレーニングはやってみる価値がある。チャディー氏が「サーチ・インサイド・ユアセルフ」というプログラムを「『オープンソース』化し、グーグル以外の人にもアクセスできるようにする時が来た。この本は、その活動の一環だ(※4)」と書いているように、プログラムを理解し、実績や効果を知り、自ら実践するための手助けとしてはとてもお手頃価格であり、チャディー氏の思想が反映されている本ではないだろうか。
 
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※1:『サーチ・インサイド・ユアセルフ 仕事と人生を飛躍させるグーグルのマインドフルネス実践法』、著:チャディー・メン・タン、出版:英治出版、2016年、p59
※2:『サーチ・インサイド・ユアセルフ』の中でも取り上げられているが、内発的動機づけと外発的動機づけについては、TEDトークのダニエル・ピンク氏の講演が簡潔にまとめられている。
※3:第五水準のリーダーについては、以下の本を参考にして欲しい。『サーチ・インサイド・ユアセルフ』でも一番の推薦図書になっている。
参考図書:『ビジョリナリーカンパニー2 飛躍の法則』、著:ジム・コリンズ、出版:日経BP社、2001年
※4:『サーチ・インサイド・ユアセルフ』、著:チャディー・メン・タン、出版:英治出版、2016年、p344
※5:本書の中で瞑想を科学的なトレーニングにしているのに加えて、出版に尽力した人々がいると思われる中、「監訳者による解説」が出版(再刊)に際して神秘性を強調する言葉で締めくくっているのは残念だ。また、監訳組織のプログラム費用が、「サーチ・インサイド・ユアセルフ」をオープンソースを謳うには難しいと思われる金額になっているのも、本書の思想とは遠いようにも思える。
※6:この本の続編にあたる『たった一呼吸から幸せになるマインドフルネス JOY ON DEMAND』(著:チャディー・メン・タン、出版:NHK出版、2016年)が最近発売されて読みやすい文体になっているが、データの詳細さがなくなった点と、頻繁に出てくる「JOY」という言葉に慣れない点で、『サーチ・インサイド・ユアセルフ』を選ぶかどうかは読み手によって異なると思われる。どちらも良い本なので、書店で見つけたら手にとって欲しい。

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森林農法のコーヒーが飲めるスローハウス。

2016.10.27

先日、私のパートナーの友人たちが開いているゲストハウス「旅の宿 Retreat Space」に宿泊した。移住者が増えている房総半島の千葉県いすみ市にゲストハウスはある。近くには移住者の家が固まって建っている小さな集落のような箇所もあるが、そこから少し離れて今回の家はある。隣は山となっているので静かに過ごせ、田舎暮らしと聞いて想像できるような平屋建ての古民家ーー家の中は手入れがされていて綺麗で、縁側から庭が一望できる。
 
庭には家庭的な畑もあり、無農薬で栽培されており、今年から肥料も極力使わないで育てることに挑戦しているとのこと。季節が終わるプチトマトを一つもぎ取ってそのまま食べると、口の中いっぱいに旨味が広がる。それでいてしつこくなく、後味がさっぱりとしていた。「いくつでも食べられるなぁ」と思ったが、遠慮がはたらいて一つだけにして、草木染め用のブタクサ刈りと野生のみかんの収穫に同行させてもらう。
 
先ほどの遠慮がどこへ行ったのか、みかんを収穫したらまずは口に入れてみたいと食指が動く。野生のみかんは外の皮と内の白い薄皮がしっかりと貼りついていて剥きづらいのだが、これが自生の力。少し硬い皮を剥いた後は、薄皮を剥かずにヒョイと口の中へ。肥料を使った甘さではなく、ほどよい酸味の後にやさしい甘みがある。重層的な味によって、自分の舌がフル稼働しているのがわかる。
 

多種多様な木を育てる森林農法のコーヒー。

 
そうこうしているうちに、ゲストハウスの管理人であるヒデさんが、大原港で催していた朝市から戻ってきた。ヒデさんはカフェで約9年間働いた後、房総に来てからオーナーである友人たちと出会い、現在、管理人としてゲストハウスを任されながら、森林農法・無農薬有機栽培のコーヒーを広めている。
 
コーヒーの栽培における森林農法とは、コーヒーを育てる際にコーヒーだけを生やすのではなく、その土地で自生している他の木々も育てることで、害虫の天敵である虫や様々な生物が育ち、農薬や化学肥料を使わないでコーヒー栽培を可能にする農法だそうだ。森林農法でコーヒー以外の木が育つことで、コーヒーだけでなく、食料、薬、木材、飼料、燃料、樹脂などが収穫可能となり、生産者はコーヒーの収穫が安定しないときでも生活をすることができる。つまり、農薬や化学肥料不使用のコーヒーを飲むことができるとともに、コーヒー生産者の生活も安定し、生態系も豊かになるという仕組みである。
 
ヒデさんの淹れてくれた森林農法で収穫されたコーヒーを飲んでみると、味はしっかりと抽出されているのにすっきりとしていて、自然栽培で育った野菜のような印象だった。聞けば、コーヒーを淹れているヒデさんは森林農法のコーヒーを飲むまで、砂糖やミルクを入れないブラックでコーヒーを飲むことができなかったそうだ。それが、森林農法のコーヒーと出会ってからブラックで飲めるようになり、今ではお客さんにもブラックでコーヒーを提供している。普段はブラックでコーヒーが飲めない私のパートナーも、この日はブラックで飲めており、しかも、いくつかの豆を試していた。
 

健康的で智恵が詰まったゲストハウス。

 
添加物過敏症になって、食べられるものがほとんどなくなってしまった人が、自然栽培の野菜やお米なら美味しく食べられたという話はよく聞くが、それと同じことがコーヒーでもあり、実際に私の目の前で起きていた。東京駅から特急で約1時間、都会の喧騒はなくなり、健康的な食事とコーヒーを吸収しに行ってみてはどうだろうか。お風呂が薪でもガス(電気)でも沸かせるようになっていたりと、とても智恵のある場所であり、オーナーや管理人と話をしているだけでも楽しい時間だ。健康と智恵が詰まったスローな時間は、自分に優しくなれる場所だ。
 
ゲストハウス:旅の宿 Retreat Space
参考:フェアトレード・有機コーヒー販売 ウインドファーム「森林農法」
 
 
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『禅マインド ビギナーズ・マインド』を読んで。

2016.10.21

故スティーブ・ジョブス氏やシリコンバレーの企業でも愛読され、先日取り上げた『Q思考(原題:A More Beautiful Question)』でも引用されている『禅マインド ビギナーズマインド』。一巻と二巻が発刊されていて、2010年に発刊(新書版は2012年)された一巻目が、初心の心をはじまりとして禅の全体像を伝えているのに対し、2015年に発刊された二巻目は只管打坐(しかんたざ)、結跏趺坐(けっかふざ)という、修行の仕方に重点を置きながら禅を伝えている(二巻目は新書版のみの発刊)。
 
なぜ、この本が世界的ベストセラーになっているのか。多くの企業で取り入れ始められているマインドフルネスという考え方。今この瞬間への集中力を高めて、パフォーマンスを向上させやすくなるとして、マインドフルネス瞑想はGoogleをはじめ、Linkedin、Facebook、インテルなど多くの企業で導入されている。導入の先駆けともいえるGoogleのサーチ・インサイド・ユアセルフというプログラムの開発者であるチャディー・メン・タン氏は著書(*)の中で、古来からの瞑想のあり方をこう語る。「瞑想は魔法のようなもの、謎めいたものとは見なされておらず、ただの心のトレーニングだった」。そして、マインドフルネスを練習した人の前頭前野の情動設定値が、情動的知能を高める方向へシフトしたという結果を示した。
 

プラグマティックな禅。

 
前置きが長くなったが、現代社会において「幸せになること」と「生産性(パフォーマンス)を向上させる」ことは密接に結びついている。そして、情報過多となり、ノイズの多い現代社会において、ノイズに惑わされずに集中することが生産性を向上させることにつながるとも信じられている。その一助となるのが、マインドフルネスという考え方であり、瞑想や坐禅だ。
 
古典的に禅をやっている人からすると、この一連の考え方は不純に感じるかもしれない。しかし、著者である鈴木氏は禅の悟りを映画のスクリーンに喩えて、坐禅をすることで汚れのない真っ白なスクリーンをもつことが最も重要と言いながらも、「たいていの人は汚れのない真っ白なスクリーンには興味をもちません」とも言っている。坐禅をし、瞑想をすることで最終的には悟りに気づき、その状態を常に保つことができるようになることで、今まで抱えていた恐怖心や不安はなくなり、平穏な心の状態が維持できるようになるだろう。しかし、人々が注目しているのは悟りに至る前の「集中力が高まる段階」なのだ。
 
現代は極めてプラグマティック(実利的)な時代であるが、『禅マインド ビギナーズマインド』を読んでいると、鈴木氏が伝えていた禅が極めてプラグマティックであることがわかる(以下、引用)。
 
  「初心者の心には多くの可能性があります。しかし専門家といわれる人の心には、それはほとんどありません」
 
  「周りの人々をコントロールしようと思っても、できません。一番いいのは、好きなようにさせることです。(中略)好きなようにさせておいて、そして見守るのです。これが一番いいやり方です。無視することは、よくありません。それは一番よくないやり方です。二番目によくないのは、コントロールしようとすることです」
 
  「未来は未来であり、過去は過去であり、今だけが新しいことをするときです」
 
  「未来について、固定した考え、あるいは希望などを持っていると、今、ここにおいて、本当に真剣になれません。「明日、やろう」「来年、やろう」などと言います」

 
また、著書の中で度々、師弟関係についても触れている(以下、引用)。
 
  「ときに師は弟子に対して礼をし、弟子は師に対して礼をします。弟子に対して礼をしない師は、ブッダに対してもできません」
 
  「師の話を、透明な、純粋な心で聞けば、まるですでに知っていることを聞くように、それを受け入れることができます」
 
  「人間性のつねなる傾向として、教えを受け取るほうは、なにかその教えは、押しつけられているように聞こえます。」
 
  「…すべての戒律を守ることができないと感じるなら、取り組むことができると感じられる戒律を選んでもよいのです。(中略)まず最初にあるのは、規則ではなく、実際の出来事あるいは事実です。ですから、自分の戒律を選ぶチャンスがあるというのが戒律のもつ性質なのです。(中略)どの方向へ行くかはあなた次第です」
 
  「師たちの間にはどのような葛藤があってもいけません。もしある師が別の師のほうが自分よりも適任だと思うなら、その人のほうを勧めるのです」

 
上記のような師弟関係のあり方や戒律との接し方は、現代における上司と部下、同僚同士の関係性、仕事の受注や選び方にも当てはめることができるだろう。上司が礼を欠いて部下と接すればパワハラのような接し方となり、自己認識ができなければ、自分の能力の限界を超えて仕事をし続け、短期的には仕事の成果は下がり、中・長期的には体を壊して自分の日常に影響がでることになる。
 

私自身の体験を踏まえて。

 
私も前職において残業時間が120時間を超えることもあり、80時間を超えるというのは当たり前だった。私にとって仕事は好きなものであり、「仕事=生活」だと考えていたので、そのときは構わなかったし、苦でもなかった。しかし、それには無理があり、私は体を壊した。その後、私は考え方を改め、仕事を何でも引き受けることよりも、労働生産性を重視するようになり、仕組みが変わらない会社を退職した。鈴木氏が著書の中で言っているように、禅において戒律が合わないのなら、違う戒律を選ぶことは自由なのだ。この戒律を、会社でのルールや仕組みと捉えれば、その会社のルールや仕組みと合わなければ、職場を変えることは自由だし、自分に合ったルールや仕組みのある場所へ進めばいいのである。
 
また、年功序列が生き残っている日本の社会では、「年上」「先輩」「上司」というだけで、その人の話は「重圧」を帯びる傾向が出てきてしまう。それは話す方もだが、聞く方も少なからず感じてしまうものだ。だから、話し手はその傾向を意識して、相手に伝わる話し方を勉強する必要があり、聞く方はその傾向を意識して、相手が伝えたいことに集中する必要がある。
 
それ故、現代日本での「年上」「先輩」「上司」にあたる人は、相手に自分の話が伝わらないからといって「私が言ったからやりなさい」ではなく、「言い方を考える修行を与えられている」と思考を変えた方がいい。それは、自分がそのような立場になってきていて強く感じる部分でもある。クライアントの対応でも同じだが、相手に伝わる話し方を一瞬一瞬で考えることによって、話す内容は論理的かつ具体的になるし、考えるという一瞬の間(ま)によって、自分が冷静になっていくのを感じる。不純なように聞こえるかもしれないが、私はそれを楽しんでいるし、その都度、修行だと思っている。
 
鈴木氏はこのようにも言っている(以下、引用)。
 
  「唯一の道は自分の人生を楽しむこと、それだけです。(中略)それこそが、坐禅を修行する理由です。(中略)最も重要なことは、ものにだまされないで人生を楽しむことができるということです」
 
私も含めて、人は幸せでありたいと願う。幸せは不安とともにあるが、不安をすべてなくすことはできないだろう。しかし、幸せであるときの感覚は知っている。優しく、平穏で、気持ちのいい感覚だ。それを手に入れるために仕事や修行をすれば苦しいものになるが、幸せであるときの感覚はすでにそこにあるもの、仕事や修行とともにあってもいいものだとわかれば、一瞬一瞬が幸福に変わる。それを伝えてくれる本であり、禅という特殊な環境だけでなく、仕事や日常生活での自分のあり方や、上司と部下の関係性にフィードバックを与えることができるビジネス書でもある。
 
*『サーチ・インサイド・ユアセルフ 仕事と人生を飛躍させるグーグルのマインドフルネス実践法』、著:チャディー・メン・タン、出版:英治出版、2016年
 
 
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Farm kitchen 然さんで食事。

2016.8.19

昨夜は大手町にある無肥料・無農薬である自然栽培野菜を食材に使っている、Farm kitchen 然さんで夕食をとりました。メール予約の際に「グルテンフリーの食事はありますか?」と書いておいたら、前日の夜に電話で回答をいただき、当日も教えていただきながら安心してメニューを選ぶことができました。
 
生野菜はそのままバリバリ食べることができるほど、それぞれの野菜の味があり、素揚げしたゴボウ、グリルしたナスは香ばしさが加わり、ドレッシングをかけずに食べることが出来ます。どれもこれもが甘ったるいのでなければ、味がしないのでもない。それは、自然栽培ならではです。
お通しで刺身が出たけれど、醤油ではなく、味付けされた卵黄で食べることが出来ました。グルテンフリーのメニューを選べるのも、食材だけでなく調味料まで把握し、調理場とホールの連携が取れている証拠です。
 
自然栽培かつグルテンフリーの食事に切り替えてから、外食ではその選択肢がほとんどないことがわかりました。そのため、ほとんどの食事が自炊に戻りましたが、誰かを接待するときなど、こういうお店が増えてくれると、2020年の東京オリンピック・パラリンピックの際も、訪日外国人に真のおもてなしが出来るのではないでしょうか。
 
大手町なので東京駅からも近く、出張接待のお店としてもいいかもしれないです。
とても良いお店でした。
 
【お店情報】
Farm kitchen 然
  
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WORK RULES!を読んで。

2016.7.13

『WORK RULES!』を読了。事業の経営者も労働者も読んだ方がいい。ブランディングをしていて、特に事業計画に関わることになってくると、社内の透明性が低ければ、どんな施策をしようとも良い結果には結び付き辛いことを、いかに納得してもらうかが鍵となる。
 
社外に向けての仕組みづくりの方が、社内向けの仕組みづくりよりも派手に見えるのもわかるし、経営者が従業員を信じないのも、従業員が経営者を信じないのも理解できるが、透明性の部分を改善できない限りは、労力・金銭・時間・感情のコストが増えるばかりだということに気がついていないのだ。
 
「情報漏洩」が生じたり、世の中に「心ない人」がいるのも事実だ。しかし、どんなに気をつけていても情報漏洩を完全になくすことは不可能であり、大事なのは、情報漏洩が起きる可能性の脅威をどれだけ減らし、悪意ある攻撃に対処できているかだ。
 
そういった対策の上で、経営者と従業員が互いに信じ合うことができていれば、故意に情報漏洩をしようとする「リスク」と「コスト」をわざわざ選ぶことの方が馬鹿らしいことに気がつく。しかし、経営者と従業員がお互いに不信のまま経営者が対策を講じれば、従業員は自身への対策として受け取られ、故意による「リスク」と「コスト」を支払った先の「メリット」につられやすくなる。
 
つまり、何事にも、「透明性」が高まる仕組みを作ることの方が、事業計画における最大の仕組み作りでもある。
 
多くの経営者にいえるのは、世の中に必ずいる「心ない人」への対策としての仕組み(ルール)ができてしまい、やる気があって優秀な人材が辞めていく今までの流れを断ち切る方が、結果的にコストがかからないということだ。そのやり方や考え方の一つのサンプルが、『WORK RULES!』には書かれている(心ない人への対応についても書かれている)。
 
全ての経営者と従業員におすすめの書籍だ。もちろん、前会社の最終出社日に会った経営幹部や従業員に、私はこの本を勧めた。
 
workrules!

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Wixを触ってみて。

2016.6.23

ちょっと時間ができたので、今まで気になっていたホームページエディタ「Wix」を触ってみた。URLにこだわりがなければ、実質0円で使用ができる。今まで、ホームページ制作といえば500万円以上というのが当たり前であり、案件によっては1000万円超まで膨らみ、小規模でも100万円近くに、見積もりを出さなくてはならなかった。
 
しかし、紙の広告が費用対効果として信用を失っていったように、「作っただけで爆発的な効果がある」というのは一種の幻想であり、ホームページも同様だ。
 
クライアントの商品やサービスのスペックが良いのが当たり前の現代、デザインが良ければ、いかにしてストーリーを伝えるかが肝となる。つまり、豪華なホームページを作って納品して完了ではなく、ストーリーを見つけ、適切な形で世の中に発信できるツールを作ることの方が重要となる。それが冊子なのか、サイトなのか、SNSなのか。名刺ひとつでも顧客(クライアントのお客)の反応は変えることができる。
 
そして、顧客と会ったときのクライアントの対応や見た目が、ストーリーを伝える最も有効な手段であることを理解してもらい、そのためのツールを作ることが、私たちの仕事の本質だと思っている。
 
結果として「Wix」はスモールビジネスには使えると感じたので、HTMLがわからないけれど納品後には触りたい、そして、ホームページ以外にも必要なものがあって、そちらにも予算を使いたいとき(大抵、必要なのだが)に、利用できるのではないだろうか。

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貢献で考えてみる。

2016.2.28

本田直之さんの本、『レバレッジ人脈術』を読んでいて、不特定多数が参加のできる会を主催しないというようなことが出てきたとき、ハッと気付いた。
 
私たちはネットワークを広げようと思うと、ひとまず多くの人を集めて、会が始まったら集まった人同士でつながろうと働きかければ良いとする。しかしだ、それで深い仲になった試しがないことに気がついたのだった。
 
一方で、私は何かを勉強しようと思った場合には、必ず一人で動くようにしている。それは、一人で動いた方が、吸収することに集中できるからだが、誰かと深い仲になることも、これと同じような気がした。
 
不特定多数が参加するパーティよりも、誰かの紹介による食事会の方が、その後、深い仲となりやすい。同様に、単にビジネスで紹介を受ける(する)よりも、ビジネスから離れた会で出会った時に方が、よりクリアーな気持ちのせいか、仲が良くなる。
 
つまり、不特定多数ではお互いの共通点を見つけることでパワーを使ってしまい、ビジネスの場では利益を考える部分が少なからず働いている。これらが「貢献したい」という欲求のパワーを減らしているのではないだろうか?
 
そこで一つ思いついた。今まで私は「仕事は生活」だと言ってきたが、これからは単なる生活の一環として仕事を捉えてみよう。人に道を教えたり、席を譲ったりするのと同じように、アートもデザインも貢献になる予感がする。

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